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神田雑学大学講演抄録 第361回 平成19年6月1日

デジタルカメラとインクジェット

講師 太田 徳也 

XAAR・PLC在日代表 日本事務所長


目 次

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1.はじめに

2.デジタル印刷とは

3.自己発色型と色材移動型

4.インクジェットの原理

5.グーテンベルグ賞と恩賜賞

6.デジタル化ということ

7.インクと紙

8.オフィス・ホーム用プリンターと産業用プリンター

9.ピエゾ方式の原理

10.インクジェットの凄さ

11.産業用途への展開・可能性

12.質疑応答



1.はじめに

講師太田徳也さんの顔写真  最近「カメラがデジタルになってしまって、孫や息子がやっているんだけれど、どうも良くわかんない。印刷もデジタルで行われているらしい。「その辺について素人でも分るように話してほしい」というが依頼があり、二回ほど町の婦人会と同窓会で話させていただいたことがあります。実は簡単に分るように話すというのは我々専門家にとって難題なのですが、今日はその時の資料を使ってお話させていただこうと思います。

 私は1978年からキャノンインクジェットをやってきました。元々キャノンはカメラからスタートした会社で、技術者もほとんど銀塩写真用カメラ一筋だったのです。そんな中で私は電子写真に次ぐ新しい技術であるインクジェットを手がけていました。『いずれフィルムカメラは無くなってデジタルカメラになり、インクジェットで印刷するようになる』と言って、『何を言っているんだこいつは?』と全く狂人あつかいされたのを覚えています。

 昨今の流れが全てデジタルということで、これは単に写真だけではございません。テレビも次の2011年には全部デジタルになります。それからオーディオの方も、昔のアナログのレコードはみんなCDとかDVDとかゼロイチの情報処理のデジタルになりましたね。なんでデジタルになってしまったのか、それは情報量が最近非常に多くなってきたからです。そうしますと電波などアナログというのはどうしても情報量に限りがございます。大量の情報を処理出来て加工もしやすいということになるとやはりデジタル化の方向に行かざるをえません。そういう風に流れてきたというような気がしております。

 今日のお話は、デジタルカメラで撮影した画像を、インクジェットプリンターでA−4サイズに一分くらいで印刷する。この中に印刷されているインクの液滴の数、ドットというのですが、これは数億ドットです。それを一分で出してしまうという大変な技術で、どうしてこんなことが出来るのかということをお話します。

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2.デジタル印刷とは

 デジタルデータの印刷には大きく分けますと4つの方式があります。ひとつは熱転写といって、色のついたフィルムにアイロンのような感じで熱を押し当ててインキを転移するという方式のものです。こちらは今でもインクジェットの対抗技術として写真なんかの印刷に一部使われています。ただこれは色毎に色フィルムを変えなければいけないので、時間が遅いということと、一枚あたりの単価が高いという欠点がございます。装置としては非常にコンパクトでありますから、一枚あたりの印刷が少し高くてもいいという用途には便利かと思います。ただ大判には向いていません。やはりL判くらい迄です。キャノンもシルフィーという名前の熱転写プリンターを出しております。

 次がドットインパクトといって、パソコンの出力で伝票などを印字するときリボンをワイヤーで叩く方式です。これは写真には向かないんですが、各種伝票の印字に使われています。カラー化には不向きな方式です。

 三つ目が電子写真といって、オフィスで使われているページプリンターや複写機に使われる方式で、ドラムに帯電させて、それに光を当てると光の当たったところだけ電気が流れて帯電が消え、残った帯電部分に顔料の粉を振りかけて現像し、それを紙に転写するという方式です。セブンイレブンなどに行ってお使いになるコピー機はみんなこの方式です。

 それから四つ目が今日の話のインクジェット方式です。

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3.自己発色型と色材移動型

図カラープリント技術の種類

 ペーパーメディアへの情報表現には、大きく自己発色型色材移動型があります。銀塩写真や感熱紙というのは自己発色型です。そして色材移動型には間接記録方式直接記録方式の2方式があります。

 オフセット印刷とかグラビア印刷とか言われている一般的な印刷,これは色材移動型で間接記録と言われていますし、先ほど言いましたLBPやコピー機などの電子写真も色材移動型の間接記録にはいります。今日お話しますインクジェットは、色材移動型の直接記録ということで紙に必要な色のインクを直接印刷してしまうという一番簡単な方式です。従いまして今ビッグカメラあたりに行きますと一万円台からフルカラー4色のプリンターが手に入ると思います。家庭では殆んどこのインクジェットプリンターが使われるようになっています。これの良いところは、銀塩というとフィルムがいりますし、印画紙がいりますが、この色材移動型は、フィルムも印画紙もいりません。どんな紙にでも出せるという点で非常に手軽な方式であります。この色材記録型のなかの間接記録の方はコストがやや高いのですが、直接記録のインクジェットは非常に安く小型で低コストが特徴です。

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4.インクジェットの原理

図オンデマンドインクジェット方式の代表例

 非常に小さいノズルからインク滴を吐出して、その記録に必要な信号・命令に応じて、記録する紙の記録したい位置に液滴、ドットですね、これを印刷するというものです。非接触で直接記録が出来ます。ワイヤドットというのはワイヤーでリボンを打って紙に印字しますから紙に接触します。サーマル、感熱記録というのもフィルムのアイロンがけですから、接触するのですが、インクジェットだけは紙とノズルの間は間が空いているのです。空気中をノズルから紙へ液滴が飛んで記録が行われるというものです。非常に小型化しやすくて経済的、大型機への展開も簡単ということになります。

 ちょっと専門的になりますが、インクジェットの原理は大きく分けてバブルジェットピエゾジェットの2タイプに分かれます。もっと分りやすく言いますとキャノンがバブルジェット,エプソンがピエゾジェットということでお互いに特許を持って同じインクジェットなんですが、原理が違う2方式が競い合っております。

図キャノンの発明の特徴

 バブルジェットというのはキャノンが発明しました。私は大変幸いにもこれに関連した技術の発明にかかわることが出来ました。今ではヒューレット・パッカード、レックスマーク、ゼロックス、イーストマン・コダック社などがバブルジェットを採用しています。これらの会社からの強い要望によりキャノンはライセンスを出しました。当時貿易摩擦で日本は海外の技術をすばやく取り込み、この製品を安く売ってけしからんということで、アメリカと大変やり合っている時に、通産省の官僚が「いや日本が発明してライセンスを出して逆にアメリカが一生懸命作っている技術があるじゃないか」というのにこのバブルジェットを引用してやりかえしたという話を聞きました。

 発明のいきさつですが、キャノンでは初めはピエゾジェット方式を研究していたのですが、半田ごてで回路を作ろうとしていて、たまたまインクを入れた注射器に熱い半田ごてが触れたんですね。そしたらインキがピューと飛び出したということなんです。これはすっかり有名になりました発明のいきさつです。

 何でインクが出たのかということです。ヒーターにインキが接しますと急激に加熱されます。そして気化するわけです。気化すると泡が出来ますからそれに押されてインキが飛ばされるという方式です。これは本当にオリジナルな発明で世界的に色々な表彰を受けております。ちょっと理屈っぽくいいますと、膜沸騰というかたちで生まれる空気の泡の圧力でインクを飛ばすというもので、ミクロンレベルのヒーターに入力信号をオンオフと印加して、忠実にすばやく応答出来るようになったのです。

 いま膜沸騰と言いましたが、沸騰現象には2種類あります。薬缶でお湯を沸かすという核沸騰、これは時間をかけてゆっくり温めていくわけです。一方膜沸騰というのは熱した鉄棒を水中に突っ込んだ時の界面の現象とか、熱したフライパンに水滴をたらす時とか、なにやら危険な感じの沸騰であります。バブルジェットというのはこの膜沸騰という原理をつかっております。

 こちらにありますヒーターに電気を通じます。ヒーターはニクロム線の面状のものとお考えください。インクが加熱されてこのように泡が出ます。このように泡が出来ますとこれ両方に力が行くわけですが、このヒーターは限りなくノズルに近いところに配置しておりまして、後ろはずっと長いインクチューブになりますから、後ろには抵抗が大きいのです。ですからパワーは殆んど前のノズルの方に抜けて、それでノズル中の液滴が押し出されるわけです。そして電気を切りますと急激に冷えてしぼむということを繰り返すわけです。

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5.グーテンベルグ賞と恩賜賞

 ちょっと大げさになりますが印刷の歴史を話しますと、有名なのは1450年にグーテンベルグが発明した活版ですね、これによってキリスト教の聖書とかが印刷出来て、文化が一気に広まったということがあります。

 今一番使われている電子写真、コピー機ですね、これはゼロックスのカールソンという人の発明です。その後にLBPというレーザービームを使った電子写真方式の印刷技術なのですが、これをIBMとキャノンが共同で発明しました。

 それからインクジェットもバブルジェットをキャノンがしたおかげで、キャノンはカメラの会社からプリンターを主力とする映像情報の総合会社に発展することが出来ました。
 バブルジェットの発明は独創的ということでずいぶん高く評価されてきました。日本というのはなかなかオリジナルな発明を認めてくれない国ですね。やっぱり海外が最初に認めてくれたのです。グーテンベルグ賞という世界で一番大きな賞をもらいました。天皇陛下から10年に一度恩賜賞というのが出るのですが、1990年にめでたくこれを受賞しました。この10年に一度の賞をいただけたのには3つ理由がありました。

 一つは原理発明であるということでした。ちょうどこの頃ソニーのウォークマンとか光ICとか色々な候補があったようです。バブルジェットは膜沸騰という現象をプリンターにつなげたというのは原理発明で海外に誇れる技術ということでした。

 2番目がこれによって貿易摩擦の解消に一役かうことが出来たということで、実はこの技術は先ほど申し上げましたようにヒューレット・パッカード、IBM(現レックスマーク)、ゼロックス、イーストマン・コダック、シーメンス、オリベッティ社など世界の錚々たル企業に望まれてライセンスしたのですから。今インキジェットプリンターを世界で一番売っているのはヒューレット・パッカード社です。キャノンとしては、ひさしを貸して母屋を取られた感じもあるのです。

 それから3番目の理由に、この技術が非常にアプリケーションが広い、単に紙に印刷するだけでなく、友禅のウェディングドレスをインキジェットで作ったり、それからCDの印刷とか、紙以外に色々なものに出来る点で真の印刷革命だと。この3つの理由で恩賜賞を頂きました。

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6.デジタル化ということ

講演会場風景  デジタル社会といいますが、なぜデジタルなのでしょうか。高度情報社会ということで我々を取り巻く情報量は飛躍的に増えているのです。情報が多すぎて混乱してしまうというくらいです。ご存知のコンピュータの登場ですね。デジタルとアナログの比較ですが、アナログというのはまあ周波数何ヘルツとかいう電波を送るわけですが、これも沢山、例えば何十、何百という放送局が出てくるととても混乱して周波数の割り当てが出来ないということになってくるわけです。デジタルですとより多く割り当てることが出来、50でも100でも放送が出来るということです。

 今日の話のカメラ、従来は銀塩フィルムでしたが、一時銀が世界で枯渇して無くなるという話があったのですが、最近リサイクルをしておりますので必ずしもこういう心配はなくなりました。ご承知の色々なメモリー、単に撮るだけでなく、それをDVDに書き込んだりそれをパソコンで見たりテレビで見たり、編集したりと、カメラの映像の楽しみ方も単に焼きつけるというだけではなくて、色々多様化しているわけですね。そういうことがデジタルカメラは出来る。

 それからオーディオですけれど、アナログのレコードでは溝の深さなどで表していました。昔は交響曲一枚でレコード4枚くらいだったのが、いまや一枚のCDのなかに2−4曲も交響曲が入ってしまう。DVDには音だけでなく画像も入ってしまうみたいな、大変な情報量が扱えるようになり、ある意味では便利になってきたわけです。こういうことがデジタル化することによって可能になったということになります。

 どう違うかという話ですが、アナログは物の量とかデータを連続しうる物理量で表す。例えば波のような形ですね。デジタルというのは数値です。ゼロ・イチです。これはオーディオでも印刷でも基本的には同じなのです。今日はデジタルカメラの記録のインクジェットの話しなので印刷ということでお話しますと、例えばある文字を書こうとしますと、文字全体をカバーするマトリックスを作り、そのマトリックスの中のどの番地がゼロでどの番地がイチかということで文字を表すわけです。エンコーダーというスリットみたいなもので、信号イチ、ゼロで書け、書かない、インクジェットの場合は飛ばせ、飛ばさないということを処理をしまして、何番地は打たない、何番地は打つということを高速でやるわけです。この線の面積が小さければ小さいほどきれいな字になるということはこの図をご覧になれば分ると思います。

 インクジェットも出た頃はこの解像度が粗くてなにか字がぎざぎざして絵もざらざらしていたのですが、最近は非常に高い解像度になりましたので、ほとんど目で見てもぎざぎざが分らないですね。目で見て人間が判別出来る長さは15ミクロン(μ)と言われています。今のインキジェットは精度がよくなって、ざらつきが見えないのです。よくインクジェットプリンターをお買いになる時に解像度が600ディーピーアイとか言いますね。ディーピーアイ(DPI)とはドットパーインチの略で一インチ当たり何ドットで表現がされているかという意味で使いますね。今キャノンの最高機種は9800DPIです。とんでもない数字ですね。一インチ2.54cmの間に9800個打っているのですから目で分かる訳ないですよね。そういうところまで来たのです。

 パソコン(PC)からプリンターへのデータの流れにつて、説明します。PC上のアプリケーションから印刷の命令がくると、OSでプリンターの情報を取得して、印刷データを加工してドライバーに渡す。プリンターはドライバーを持っています。印刷データは印刷の4原色の4色の色、シアン(C)、マゼンタ(M)、イェロー(Y)、墨(K)のデータです。PCはモニター上で表現されている光の3原色、赤(R)、グリーン(G)、ブルー(B)の3データですからデータの変換をしなければなりません。RGB⇒YMCK変換といいますが、こういう変換をしながらプリンターにデータを送るのです。

 色や解像度の調整ということも大事になります。色表現能力の違いを補正するとか、紙によりまして普通紙の場合とコート紙の場合とマットコート紙のようにざらっとした紙の場合で、色の広がり方がちがってきます。パソコンを使っているとみなさんには「紙は何をえらびますか?」って聞いてきますね。あれに従って色の拡がり方をコントロールする命令を出しているのです。それから各種の制御命令。紙位置や紙送りなどを制御する。「きれい」とか「早い」とかいうモードが有ると思いますが、「早い」というのは粗っぽく早く出す。写真の場合ですと「きれい」を選ぶのですが、非常に紙送りを少しづつ送って高解像度で描くことなどを制御するわけです。それからインクがなくなると「インクがなくなりました。」と出てくるようになっています。

 色空間というものの中でインクジェットは現在非常にきれいになってきました。実はオフセット印刷や銀塩写真よりはるかにきれいなんです。面白いもんで最初インクジェットをやったころ、同じキャノンのカメラの連中から「色がきれいだから良いってもんじゃないんだ」と言われました。銀塩というのは触媒で銀を使うので、全部うっすらと黒がかかるんです。これが長年見慣れた人には深みのある落ち着いた色に感じるわけです。インクジェットはそういう黒はかかりませんから、ありのままの色で非常にきれいに出てしまうのです。特にチュウリップの赤とか緑の葉っぱとか。それがどうも安っぽいなんてけちをつけられましたが、今はもうそんなことは無くて、原色に近くて何が悪いんだという話ですよね。そんな歴史があります。

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7.インクと紙

 ちょっとインクの話しに行きますと、インクジェットってノズルから液滴を飛ばすということで非常にメカニックな話しばかりですが、ここまで来る為には実はインクの開発紙の開発、これに非常な努力があったわけです。私どもが最初やった時はノズルからインクを飛ばすことは出来たのですけど、普通の紙に打ったり、光沢紙に打ったりすると滲んでしまって吸い込まない。

 インク屋さんにはすぐ吸い込むようなインクを作ってください、紙屋さんにはすぐ乾くような紙を作ってくださいとお願いしたのですが、そんなの出来ないと言われてしまいました。やはり材料というものはその時代の主流、当時でしたら紙はオフセット印刷向けに、インキもオフセット印刷向けに油のインクを使っています。こんなしゃぶしゃぶの水を高速に印刷して滲まないようにするなんてことは誰もやったことがないと言われました。

 しょうがないからキャノンは全部自分でやったんですね。インクもそうでインクも大体普通は油ですから、こんなシャバシャバのインクってやったことが無いんです。顔料でシャバシャバの低粘度のインクを作るとすぐ顔料が沈殿してしまう。では沈殿しないインク、ノズルに詰まらないインクを作ろうというわけでインクジェットメーカーがインクを作ったのです。ですから初期のころはインクも紙も特許を持っているのはほとんどHPとかキャノンとかエプソンなどハードメーカーだったんです。

 インクジェット技術はキャノンとエプソンが世界の中心です。日本発祥の技術であると言ってもいいと思います。だからグーテンベルグ賞がもらえたということがあるのでしょう。インクも紙も特許の65%を日本が握っているのです。たまたま私はイギリスの会社に今いるのですが、彼等もデジカメを使っていますので、プリンターもエプソンとかヒューレットパッカードを買って印刷している。「太田、おまえ良い良いというけれど、こんな絵しか出ないぞ。」見たら紙が悪いのです。見掛け光沢紙なのですが、当時イギリスで売っているインクジェット用紙というのは全くひどい紙でして、インクを吸わないんです。そういう技術がなかったんですね。それ以来わが社の社長がイギリスから来日するとビッグカメラに行って鞄いっぱい日本製インクジェット用紙を買って帰るようになりました。インクと紙というのは滲み無く色が混ざらないように大変な工夫がされているのです。これが幸いなことに日本の技術が圧倒的に世界をリードしているわけです。

 紙にも種も仕掛けもありまして、いまインクジェット用紙として売られているものは、バックコート層、ベースペーパー、中間反射材、インク吸収層などがあり、染料と反応して水に溶けていた染料が溶けなくなるというふうになっていて、だから水をかけても滲まないというふうに、色々、種と仕掛けがあるのです。このようにインキジェットをやって私も初期からやってきたのですが、大きな壁にぶつかったのはインクと紙です。だからこういう新しい発想のものは全部自分たちで作りあげるしかないということでやってきたわけです。

 インクタンクの話は簡単にしますが、これにも色々な技術が入っております。インクジェットは毛細管現象を使いますのでタンクには加圧というよりは負圧という、マイナスの圧力がかかっていないとメニスカスが飛出してしまってうまくいかないのですね。ちょっと専門的になるのですが、そういう一定の負圧を保たなくてはならない。インキがどんどん無くなってきた時と、いっぱい入っている時と、常に同じ一定の負圧にしなければいけない。温度変化によって出方が変わってはいけません。それから多少振動しても漏れないとか、インクも蒸発しないとか色々なことがあるわけです。

 これはキャノンのタンクの一例ですが、お買いになると透明なんでよく分ると思うのですが、これは光学プリズムで、ずっとインクが減ってきてここより下になりますとこれをプリズムで検知して、「もうまもなくなくなりますよ」という信号が出るようになっているのです。常に圧を一定にする、更には振ったり何かしたとき、インクがこぼれたりしてワイシャツについたりすると大変な補償問題になりますから、こぼれないようになっているのです。でも密封ではうまくいかないのです。密封してしまいますとインクが減ってくると減圧になってしまいます。外部と導通していなければならない。そこが難しいのです。導通穴というのがあるのですが、これは振っても漏れないけれど空気は通す。インクは通さないけれども空気は通す、というような部材がここに貼ってあります。そんなふうに色々な工夫がここにはされているわけです。

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8.オフィス・ホーム用プリンターと産業用プリンター

図インクジェットビジネスの現状  今日はデジタルカメラとインクジェットの原理という話を中心に申し上げたのですが、実は私はXAAR(ザール)という先ほど世界一のヘッドメーカーなんてご紹介いただいた会社に今いるのですが、世界一というのは産業用では世界一なんですね。一方オフィス、ホーム向けではキャノンのバブルジェットを使うキャノン、ヒューレットパッカード、レックスマーク社と、ピエゾヘッド方式のエプソン社が主流となっています。

 インクジェットというのは単にデジタルカメラのアウトプットとかパソコンのプリンターだけではなくて色の無い液体を打つということも出来ますから、従来のフォトレジストを使ったパターンニングという方式に代わり、電子回路を作る用途などへの展開が可能なのです。感光性樹脂でパターンを露光して現像してエッチングをするという方式が従来ですが、そうしますと現像液とかで色々環境問題を起すのです。

 インクジェットは非常に細かいパターンが打てるようになってきましたので、今までのようなフォトレジストを使わないでもパターンニングが出来てしまうのです。飛ばす液体も電極を作るような金属ナノペーストという材料をインクに使いますと回路が出来てしまうのです。絶縁体もそのままポリマーを飛ばして絶縁パターンをつくることが出来ます。最近皆さん家庭でご覧になる液晶のテレビがありますが、あれにはRGBという3色のカラーフィルターというものが使われています。あれもインクジェットで描かれるようになってきました。

 シャープさんの亀山工場が有名なのですが、従来はRGBを1色づつパターンニングをフォトレジストでやって感光し、現像し、またそれに重ねてやるという大変複雑なことをやっていたのですが、今ご存知のように液晶テレビが急激に値段が下がってきましたね。あれは部品の中で一番値段が高いといわれていたカラーフィルターをインクジェットで作ることによって工程が短くなり、全く無駄が出ないので安価につくれるようになりました。これが産業用の中でも特に新しい展開の一例です。

 バブルジェットというのは半導体上に作りますから一ノズル当りが安く出来るのです。低粘度のインキを飛ばすには具合が良いということでデスクトップでは益々伸びそうです。ところが産業用になりますと、例えば先ほどのフォトレジストに変わって飛ばすインクも水性ではない場合が多いのです。非常に粘性が高い、紫外線硬化樹脂とかオイル系のインクとか有機溶剤で出来ているインクとかを使うケースが多い。そうなってくるとバブルジェットはあまり適さないでピエゾの方が向いているのです。

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9.ピエゾ方式の原理

 ピエゾというのはPZTという材料から出来ていて、マイクロフォンなんかに使うのですが、ピエゾ素子、圧電素子とよばれているものです。電気をかけると伸びる性質があります。 これはベンドモードといって電気をかけるとそっくり返るのですが、それによってこの液滴を飛ばすという方式です。ピエゾを使うのにも色々な原理方式があります。いま申し上げたベンドタイプともうひとつピストンタイプです。伸びますからここに薄いダイヤフラムという金属のようなものを置いておきますと、ピエゾ素子に電気をかけると伸びてピストンのように押すわけです。するとインクが飛ぶわけです。

 XAARこれでザールと読むのですが、ここはまた違った原理のシェアーモードという方式でやっています。それぞれ特許が成立していて、同じピエゾでも違った方式があるとご理解下さい。大きくわけますとダイレクトモードとシェアーモードとに分かれます。ダイレクトと言うのは先ほど言いましたように体積が伸び縮みするのです。伸び縮みをピストンのように使う場合とそっくり返るという場合があります。それに対してシェアーというのは体積の伸び縮みはない。シェアーとはせん断、横にずれる力です。ここが大きく違うところです。あまり原理の話は専門的過ぎますからこの辺で終わりにして、インクジェットってどんなイメージなのかという話をしたいと思います。

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10.インクジェットの凄さ

 先ほど1,2分でA−4のグラフィックの印刷が出来るという話をしましたが、この為には一ノズルあたり1秒間に30000から50000滴の液滴が飛んでいるのです。液滴の速度は時速30km程度ですから、ゆっくり街中を走っている車ぐらいのスピードです。液滴の大きさ、これがたぶん一番想像がつきかねるでしょう。今はピコリッターという単位の液滴で、10のマイナス12乗という体積の液滴なのです。1mlを一番大きな枠と仮に仮定しますと、それの100万分の1がマイクロリッターです。このへんが昔は蚤のおしっこなんて言っていたレベルですね。それの1000分の1がナノリッターでそのまた1000分の1がピコリッターです。そんな液滴が時速30kmで1秒間に1ノズルから5万滴も飛んでいるという世界なんです。ものすごい世界です。

 そして狙ったところにどのくらいの精度でいくのか、これは着弾精度といいます。インクジェット初期の頃はヨレ、スジ、すなわち、まっすぐ飛ばずに曲がったりして、画像にスジが出たりしていたのですが、今非常に良くなって来ました。だいたい10m離れて5cmから10cmの的に100発100中当たるという精度なんです。

 実際に皆さんが家庭で使うプリンターは紙とノズルの距離は0.7mmとかで1mmよりやや短いくらいです。あまりくっつけてしまうと紙がジャムったりして、ノズルを紙粉がこすったりするので少しあいているのです。それで計算しますと着弾精度は5〜15μです。先ほど目で判別可能なのは15μと申し上げました。ですからノズルと紙の距離を0.7mmにすると殆んど100発100中で、よれている液滴がないというレベルが実現されてきたということです。

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11.産業用途への展開・可能性

 これからのお話は産業用プリンターの話しになります。こちらの分野は、今までHPやキャノン、エプソンはあまり注目していなくて、幸い私のいるXAARという会社がヘッドの数でだいたい世界市場の75%くらい握っているのです。それはXAAR一社でやっているわけでなくて、ライセンスを出しておりまして、日本にあります東芝テックさん、コニカミノルタさん、セイコープリンテックさん、ブラザーさん、シャープさんとか錚々たるメーカーがXAAR社テクノロジーで産業用途インクジェットの開発をおやりになっています。

図インクジェットの今後の方向  今までオフィス、ホームで大体世界で5億台のプリンターが動いていると言われていまして、安定した市場になって5兆円産業と言われています。最近はオフィスの方でも電子写真とインクジェットのバッティングが始まっておりまして、HPが電子写真の複写機に代わるインクジェットの複写機を出してきましたね。

 ご存知のようにカラー複写機ってセブンイレブンあたりで一枚50円なんて取られて高いですよね。これがインクジェットでやりますとなんと3円〜5円で出来るんですよね。白黒のコピー並みのコストで出来るのです。唯一それを世界で初めてやったのが理想科学さんですね。オルフィスという機械です。HPもキャノンも収益の柱は電子写真なのです。ですから自分の一番儲かっている製品を安いものに代えたくないんです。(笑い)

 ただ他がやってくると大変だから自分で技術は持っているわけです。どこが最初にそれに火をつけるかと思っていたのですが、やっぱりヒューレット・パッカードが最初にやってきました。次にどうもやりそうなのが富士フィルムさんです。

 オフィス市場はこれからもまだまだ大変な戦いが続くと思われます。ここまでインクジェットが来ると新しいアプリケーションにもどんどん広がってきているのです。
それは大判のカラーグラフィックであり、デジタル印刷であり、パッケージ、テキスタイル、ディスプレー、バイオチップなどですね。

 最近注目されているのは金属ナノ粒子による回路形成、プリント基板、有機半導体、フラットパネルの液晶とか有機ELとかキャノンと東芝でやっているSEDとか、これ等をみんなインクジェットでやろうとしています。ホームやオフィス用途が安定成長といいますか、成熟産業になってきて、産業用インクジェットが急成長しているのです。

 これは特許庁がインクジェットの動向調査報告というのを平成16年に出したものですが、これを見ていただいてもインクジェットがオフィス用プリンターから商業印刷やラージフォーマット、デジタル捺染とか有機ELディスプレー、LCDから医療分野、半導体と、こういう方へどんどん行っていることが分ります。特許の方が数年先行していますから実際の製品はそれより少し遅れてきますが、間違いなくこちらの方向へ拡大しているのです。いまやインクジェットなしにIT産業は生きられないという状況になってきたわけです。そこに新規参入するためには当然買収ですね。いきなりインクジェットをやっても特許とか色々ありますからなかなか出来ないわけです。お金があるところはどんどん買収するわけです。

 こういう風に産業用に拡大して発展している理由は画質が良くなったということです。
ただインジェットにも弱いところがあります。吐出速度のバラつきとか使っているうちにノズルの先端が汚れてきれいな液滴が出なくなるとかあるわけです。こういうのを材料や機械やソフトで色々調整しているのです。プリンターを使っていると時々隅っこのほうでチュッチュッチュッとヘッドを掃除しているのにお気づきですか?あそこではおしめみたいなものにノズルを押し当てて汚れを取ったり、シリコンブレードでこすったり、色々なことをやっているのです。ただ分らないように右側の隅のホームポジションというところでやっているのです。

 また撥水処理をノズルにするのとしないのでもずいぶん違ってきます。
マルチスキャンとかマルチパスといって同じラインを同じノズルで書かないようにするソフト処理なんかもあります。
プリントヘッドの進歩、インクの進歩、紙、更にはソフトウェアー、画像処理が全部一丸になって銀塩に置き換わることが出来るような大きな技術になったということです。

 産業用インクジェットは100兆円とか130兆円とかいわれる印刷の本城へじわじわと迫っています。印刷で何故デジタルが必要なのか。工程の短縮化、バックオーダーへの迅速な対応、なんと言ってもインクジェットのデジタル印刷では印刷につきものの版がいりません。従って当然製版という工程がなくなります。ネクタイもいま20本以上同じ柄をやると売れないんだそうです。だからネクタイ会社は大変です。版作っていたんでは間に合わないんです。今後、テキスタイルも一気にデジタル化が進むと予測されます。

 小ロット多品種への対応。納期の大幅な短縮。それから廃液が出ないこと。こんなメリットがあります。従来のスクリーン印刷法とインキジェット法をちょっと工程図を両方書いて比較してみますとこんなにインキジェットが工程が短く早く出来ることがわかります。イメージにはこんな差があります。

 2006年くらいから産業用が伸びてきて急成長が始まった。これはワイドフォーマットという皆さんが駅で大きなビラの広告を見るでしょうが、ああいう大判の印刷物を刷るものです。あれってそんなに沢山の数刷りませんよね。こういう大きな2mとか3mとかいう刷り物で、これはもうインクジェットの独壇場です。他の競合はありません。駅の広告とか大きなビルの看板とか、バスの側面とかにありますね、あれは皆裏に粘着加工をした塩ビシートに描いたものです。この市場がかなり大きな市場になっています。

 このほかガラス、セラミック、鉄板、タイルなどに紫外線硬化インクを使って版なしで描いてしまう。極端に言えば一人一つの柄が出来るわけです。

 これはアドレスプリンターです。皆さんの電気代とかの領収書とか、枠が書いてありますが、その中の数字は一件ごとに数字が違いますね。フレームはオフセットで印刷しておいて、個人情報はインクジェットで書くのです。宛名も一人一人違いますからインクジェットで印刷するのです。そういうこともいま非常に盛んに行われています。

 これはインキジェットコーター、最近G8とかG10とか言っているのですが、たたみ2畳分なんて大きさのガラスに均一にコーチングするなんてのは他の方式では出来ません。

 これはテキスタイルです。インクジェットが捺染業界に入りつつあります。ただ捺染業界は非常に不景気なんでゆっくり変っています。世界で2020年までにはほとんどインクジェットになるだろうと、アメリカとかイタリアでは言われています。
これはデュポンと一の瀬という日本の捺染メーカーとヘッドはセイコープリンテックさん、これが一時間60平方メートルという性能でアメリカでは売れ筋と聞いています。コニカミノルタさんのナッセンジャーというこれも、イタリアに沢山売れた機械です。イタリアのコモ湖というのがファッションの本場です。じわじわとこういう日本の技術が世界のファッションを変えつつあるのです。

 これはアグファ系のDOTRIX社のタイルとか壁紙とか天井とかの模様を印刷する機械です。
これはタイルに直接印刷するものです。スペインのフェロ社の製品です。これは釉薬をインクジェットインクにして、焼く前のセラミックに描いて、その後に2000度の炉を通ってタイルが出来ちゃうのです。それこそ一枚からタイルの柄が出来るわけです。パソコンで絵を作って変えればよいのですから。お風呂場に孫の写真を一枚書くことができます。日本のタイルメーカーもインキジェットに注目を始めていますね。

 これはCD印刷機です。これは大日本スクリーンさんが今やっています。京都の東本願寺で本堂建て替えているでしょう。200年に一回建て替えなんだそうです。寄付しますと瓦に名前を書いてくれるのですね。それが屋根に乗って200年残るというものです。本堂の横に印刷工場がありまして、そこで紫外線硬化インクを使ってXAARヘッドの技術を使って行われています。

 これはセイコーエプソンの液晶のカラーフィルター用印刷機です。このようにRGBをいっぺんに描いて全く無駄が出ないですね。フォトレジストですと使われないで棄てられる材料がずいぶん出ていたのです。この技術は日本が世界をリードしています。これはエプソンさんが将来の半導体はデスクで作ってしまうというコンセプトを出したイメージです。

 今後の方向ですけれど、アナログ印刷からデジタル印刷は世の流れです。ですからいま日本の印刷会社というと大日本印刷さんとか凸版印刷さんとかありますが、20年後は違うかもしれません。印刷機でもハイデルベルグ社とかマンローランドという会社が大きいですが、ヒューレット・パッカードが10年後の世界一の印刷機メーカーになっているかもしれません。

 こういうことでワイドフォーマット、コーティング、カード、アドレス、パッケージ、テキスタイル、ビラ、ちらし、請求書、プリンテッドエレクトロニクス、ディスプレーからバイオチップ、こんなところに展開が開けてくるでしょう。

 大変雑駁なお話で分り難かったと思うのですが、インクジェットにご興味を持って、今後の発展を見守っていただけたらと思いまして話させていただきました。ご清聴ありがとうございました。

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質疑応答

質問:不思議なのですがプリンターを使っていないとインクは固まってしまわないんですか?たとえば一年置いても2年ほっておいてもすぐ使えるのですか?

:基本的にいまインクがどうなっているかと申しますと、実は初期のころは固まったり目詰まりしたりあったと思います。今は殆んど起きません。これは染料を使うか顔料を使うかでも信頼性が変りまして、染料の場合は水と水溶性染料と水に混ざる不揮発性のグリコール、例えばグリセリン、エチレングリコールなどから成っています。分りやすく言いますと染料はグリセリンに例えば20%溶ける、勿論水にはもっと溶ける、そういう状態になっていますと水が完全に蒸発したとしても染料はグリセリンに溶けているわけで、グリセリンは全く蒸発しませんから原理的に固まらないようになっています。

一方顔料の場合もインクジェット用顔料というのは普通の塗料や印刷インキの顔料ではないのです。カプセル化顔料と言いまして、分散不良やコアギュレーションしないように顔料をポリマーでくるんであるのです。もうひとつは顔料を染料化しています。共有結合で可溶化基をつけてしまう。カーボンブラックに親水性のカルボン酸アンモニウム塩とかスルホン酸ナトリウム塩とかをくっつけてしまっています。このようにインクジェット用に色材は特別に作られているのです。だからインクが高いのです。染料もとことん精製してあるのです。普通のテキスタイ ルに染める染料は精製しすぎると布に染まらなくなる。インクジェットは塩抜きと言いますか、無機塩をPPMオーダーまで抜いているということと、対光性が非常に強くなって日光に当たってもあせないような非常に新しい色素が使われているのです。インクジェット用に作られた染料を使います。
まあ普通の顔料や染料の10倍くらいお金をかけた材料を使って目詰まりがないようにしているということは言えます。

質問:さっきイギリスの紙は駄目だという話がありましたが、日本ではどういうことになっているのですか?

:インクジェット用紙は日本のハードメーカーがコンセプトをつくり、製紙メーカーが改良と量産化技術を確立して世界一の水準をもって、海外に輸出しています。

司会:有難うございました。(拍手)

おわり
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文責:臼井 良雄
会場写真撮影:橋本 曜 HTML制作:大野 令治

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